坂本龍馬と北海道
龍馬の三つの夢
1.日本の洗濯
薩長連合、大政奉還、維新政府樹立、議会共和制を唱え、薩長連合は慶応2年正月、大政奉還は慶応3年10月。次に移るときにたおれるが、その意思は藩論にてつたえている。
2.世界の海援隊
海軍の建設、貿易商事を扱う株式会社や出版会社など、世界に目を向けた策を唱えた。
龍馬亡き後は、岩崎弥太郎が三菱商事にて、また海援隊士がそれぞれの分野で遺作を継いでいった。
3.北海道の開拓
龍馬は北海道での海軍技術の養成や開拓、貿易といった事業の夢を膨らませ、脱藩浪人で「海外に志ある者」を海援隊士とし北方開拓を行なおうと企てた。
しかし、不運な事件や事故に遭い、本人はついに北海道の地を踏むことはできなかった。龍馬亡き後は、坂本一族が主となりその開拓の夢を実現していった。
【第1回計画】
「坂本龍馬下東、右船(黒龍丸)にて来る。聞く京摂の過激輩数十人(200名程)皆、蝦夷地開発通商、国家の為奮発す」
元治元年(1864)6月17日(海舟日誌より)
【第2回計画】
「小弟ハエゾに渡らんとせし頃より、新国を開き候ハ、積年の思い、一世の思い出ニ候」
慶応3年6月(印藤輩宛て)
【第3回計画】
「ここに於いては私シ汗顔の次第なり。されバ此大極丸の一条ヘチャモクレ」
「そが中にも蝦夷の一条は別にして兼面存込の事故、元より御同意候」
慶応3年11月死の数日前(林謙三宛て)
資料:「坂本龍馬 幕末風雲の夢」 著者 宮地佐一郎
